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130年の歩み

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21.造船不況の進行とその対策 (昭和51年12月)

 輸出産業の花形として高度成長の一翼を担っていた造船業は、昭和48年秋のオイル・ショックを契機とする世界的な大型タンカーの需要減少によって構造不況に突入した。

 世界一の造船量を誇った三菱長崎造船所も、49年をピークとして業績は急激に下降線をたどり、53年の操業度は最盛時の半分を割るに至った。造船業に大きく依存する長崎の産業経済界は大きな打撃を受け、その影響は造船関連企業はもとより、すべての業界に波及して、かってない厳しい局面を迎えることになった。

 県、市行政当局は、当面の下請企業対策、造船離職者対策を急ぐ一方、造船業の仕事量確保、雇用の拡大のため、火力発電所、石油備蓄基地誘致などの大型プロジェクトをつくり、経済界と一体となってその早期実現に努めた。

 こうした状勢のなかで、長崎商工会議所は、52年度事業計画において不況対策の推進を最重点事業とし、会議所の総力をあげて造船不況の打開に取り組むことになった。52年6月、造船不況対策特別委員会を特設して、ただちにその具体的方策について検討を行なうとともに、政府、国会方面をはじめ県、市当局に対し、適切な施策の早期確立を求めて、さっそく活発な意見活動を開始した。

 同年9月3日に来崎した衆議院商工委員一行に陳情を行なったのをはじめとして、自民党首脳との懇談会(同年9月18日)参議院不況調査団(53年4月19日)新自由クラブ不況地域調査団(同年11月28日)など政府、国会関係者に対し直接面談のうえ陳情、要望を重ねるかたわら、日本商工会議所、九州商工会議所連合会、九州・山口経済連合会等に対し提案するなど、あらゆる機会をとらえて、意見活動を展開した。

 しかしながら、こうした県、市、商工会議所あげての努力にもかかわらず事態はますます悪化して、造船業・関連企業は設備削減、人員整理を余儀なくされ、その余波は全市に及んで、ついに53年11月には特定不況地域に指定されるに至ったのである。


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