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130年の歩み

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64.長崎コンベンション・ビューロー発足 (昭和63年10月)

 東京一極集中化が進む中で、地方都市は21世紀に向けて先端企業の誘致、ウォーターフロント、リゾートの整備、コンベンション都市化などの地域経済活性化を模索する動きが活発化していた。

 長崎市でも急激な円高、国際化、情報化などの進展によって産業構造の変化や日本の西端という地理的ハンデなどから、造船・水産など基幹産業の低迷が続き、新しい都市活性化戦略の必要性が強く求められていた。この中で長崎市が持っている歴史や文化の特質を生かしつつ、地域経済活性化を進め、活力と魅力に満ちた都市再生のビジョンとして、県、長崎市が一体となって61年3月『ナガサキ・アーバン・ルネッサンス2001』構想を策定した。この構想は、長崎市が21世紀に向けて飛躍するための都市経営戦略として、長崎の知名度を基軸にしたコンベンション都市を目指すことを緊急課題としており、その企画、誘致、支援などのソフト部門を推進する組織としてコンベンション・ビューローの早期設立が望まれていた。

設立総会で挨拶する松田副会頭
設立総会で挨拶する松田副会頭

 コンベンションとは、会議、大会、集会、見本市、イベント、セミナーなどを多数開催していくことで、人、物、金、情報を域外から吸収、地域経済や文化の向上に役立てていく狙いがある。本所としては、長崎港臨港都の再開発プロジェクト事業を通じ、長崎市の都市再活性化への道を、コンベンション都市化に求めていた経緯もあり、ビューローの設立の必要性を県、長崎市に働きかけていた。

 これを受けて61年10月、県、長崎市、本所、市観光協会の4団体が長崎コンベンション・ビューロー設立可能性調査検討委員会を設置、先進都市の活動状況調査、長崎での設立の可能性について研究を重ねた。この結果に基づき、コンベンション都市の形成には、ソフト面での整備が課題とされ、ビューローの設立総会が開かれた。総会では会長に松田彊貉坿儻協会会長を選出、広報宣伝活動、誘致・支援活動、調査・企画活動など事業計画を決めた。


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